[ポイント1]
地方競馬から華やかな中央競馬(JRA)に挑み、負けて愛されたハイセイコー。史上唯一の3冠馬直接対決を制し、皇帝と呼ばれたシンボリルドルフ

[ポイント2]
芦毛の怪物と呼ばれたオグリキャップも衰えを隠せず臨んだ引退レース、劇的勝利にファンは涙した。ナリタブライアンはケガに泣き8歳で生涯を終えた

[ポイント3]
生涯14戦12賞、仏凱旋門賞にも挑んだディープインパクトは種牡馬としても超一流で、牝馬として半世紀ぶりにダービーを制したウォッカもその血を引く

 

わが巨人軍は永久に不滅です──。長嶋茂雄が名ぜりふを残してバットを置いた1974年。1頭の競走馬が社会的ブームを巻き起こした。その名はハイセイコー。オールドファンなら誰もが耳にしたことのある馬名だろう。

元祖アイドルホース ハイセイコー[1970〜2000]

[現役期間]1972~1975年 [生涯成績]22戦13勝 [本賞金]1.9億円
[GIタイトル]皐月賞/宝塚記念(KPS)

当時は、競馬場といえば中高年の男性が馬券を握り締めて闊歩していた時代。汚い野次は飛んでも、黄色い声援など皆無だった。そんな時代でも、ハイセイコーが「アイドルホース」と呼ばれたのには理由がある。

日本の競馬は施行団体によって二つに分けられる。一つは土日を中心に開催され、賞金が高く、馬券の売り上げも多い中央競馬(JRA)。もう一つは主に平日に開催され、賞金も売り上げも、そして注目度も中央競馬に劣る地方競馬だ。大ざっぱな言い方をすれば、華やかな表舞台が中央競馬で、ひっそりとした裏舞台が地方競馬になる。といっても地方競馬の馬が中央競馬に劣っているというわけではない。ハイセイコーはそれを証明した1頭であり、絶大なる人気のゆえんはそこにある。

72年に地方競馬の一つ、大井競馬場でデビューしたハイセイコーは、破竹の勢いで6連勝を飾り、翌年に勇躍して中央競馬に殴り込んだ。

プラスの視点 アクセスランキング バックナンバー一覧 TOP