法人部隊での苛烈なノルマ営業の経験をつづった『野村證券 第2事業法人部』の著者である横尾宣政氏と、元大和証券副社長で証券界きっての論客として知られた十亀(そがめ)博光氏。日本の証券業界の黄金期と転落を知り尽くした2人が、バブルを振り返った(肩書きは当時、司会はジャーナリストの田中周紀氏)。

(撮影:梅谷秀司)

──まず横尾さんにお聞きします。バブル期はどんな印象でしたか。

横尾 1985年のプラザ合意から円高になり、半導体など輸出企業の株価が急落した。そこで野村証券の主導で円高・低金利相場、不動産相場に持っていった。土地をベースに、実力以上に企業価値を膨らませた株価だから、不動産融資の総量規制などで政策がガラッと変わると、株価も思い切り落ちてしまう。

さらに91年の損失補塡問題で、大蔵省(現・財務省)がめちゃくちゃな足かせをつけたものだから、がんじがらめになった証券会社はビビって動けなくなってしまった。

『野村證券第2事業法人部』著者 横尾宣政
よこお・のぶまさ●1954年生まれ。78年京都大学経済学部卒業、野村証券入社。新宿野村ビル支店長などを経て98年独立。オリンパス巨額粉飾事件で粉飾を指南したとして2012年に逮捕され、懲役5年の実刑判決。最高裁に上告中。(撮影:梅谷秀司)

──不動産相場、円高・低金利相場は、野村が仕掛けた部分があった。

横尾 逆に言えば、あのときに野村が「円高、低金利、原油安」のトリプルメリット相場や(湾岸に土地を持つ企業に投資する)ウォーターフロント相場を仕掛けていなければ、日本経済自体が潰れていた。

──十亀さん、多くの上場企業の主幹事である野村は脅威でしたか。

元大和証券副社長 十亀博光
そがめ・ひろみつ●1936年生まれ。60年東京大学法学部卒業、大和証券入社。主に総務畑を歩み94年から副社長。97年、総会屋に対する利益供与事件の主犯として逮捕・起訴され、98年に懲役1年、執行猶予3年の判決。

十亀 野村はガリバーで人材もそろっている。人事考課も完全に実績主義だ。大和はプロセスも重視する。

──「大和のドン」土井定包(さだかね)社長は野村をどう見ていましたか。

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