週刊東洋経済 2017年7/1号
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国内有数のブランド病院、東京都中央区の聖路加国際病院は、今年6月から土曜の外来診療科目を34から14へと減らした。削減のきっかけとなったのが、昨年6月にあった中央労働基準監督署の立ち入り調査だ。調査の結果、昨年4~6月の勤務医の残業時間が月平均で約95時間に達していたことがわかった。夜間・休日勤務について割増賃金を支払うよう労基署に指摘され、過去2年分の十数億円を支払った。

昨年12月には、朝日新聞東京本社が社員に規定を超える長時間労働をさせたとして、同じく中央労働基準監督署から是正勧告を受けた。同社が長時間労働で是正勧告を受けたのは初めてだという。

朝日によれば、財務部門の20代の男性社員が昨年3月、残業時間が85時間20分となり、労使協定の規定を4時間20分上回った。年度末で財務部門の繁忙期だったためとされるが、朝日新聞のパブリックエディターを務める法政大学の湯浅誠教授は「そもそも月81時間という『過労死ライン』の労使協定を結んでいること自体が驚きだ」と、紙面上で批判している。

総合病院や新聞社といった、これまで業務の特殊性から例外扱いされてきた職場にも、労基署は立ち入り調査を積極的に行うようになっている。従来、労基署は安全衛生管理の点から、工場や建設現場などの指導・監督に重点を置いていた。だが近年は野放しの長時間労働が横行しているホワイトカラーの職場にも照準を合わせる。

問題企業の摘発、そして情報公開にも前向きだ。厚生労働省は5月、労働基準法などに違反し書類送検された、いわゆる「ブラック企業」の一覧表を初めて公開した。厚労省が2014年に設置した長時間労働削減推進本部の取り組みの一環だ。昨年末に「過労死等ゼロ」緊急対策がまとめられ、一覧の公表を行うことを決めていた。

矢継ぎ早の施策が打たれる背景には、一向に長時間労働が減らない日本の職場への危機感がある。年間総労働時間は一見、1990年代半ばの1900時間台から、1700時間台へと順調に右肩下がりを続けている。だが、それはパートタイム労働者の比率が15%弱から30%超へと上昇しているのが主な要因だ(記事下図表1)。正社員に限っていえば、年2000時間台で高止まりしている。

現行の残業規制は、労使協定(三六協定)で定める残業時間の限度を、法律ではなく厚労相の告示で定めている。原則こそ月45時間以内かつ年360時間以内とされているが、罰則などによる強制力がないうえ、労使が合意し「特別条項」を設けることで、青天井で残業させることが可能となる。

抜け穴だらけの残業規制の結果、長時間労働の改善は進まず、子育てや介護と、仕事との両立が困難になっている。うつ病など精神疾患による労災の請求件数は右肩上がりで増加しており、メンタルヘルスの問題は深刻化している。

残業禁止時代到来も別法案が抜け穴に

実態を問題視した政府は14年11月に「過労死等防止対策推進法」を施行。15年4月には、大企業による違法な長時間労働について全国的な調査を専属で行う、過重労働撲滅特別対策班(通称:かとく)を東京と大阪の労働局に設置した。同年7月の靴販売大手・エービーシー・マートを皮切りに、次々と大手企業に立ち入り調査を実施、書類送検を行ってきた。

そして大きなターニングポイントとなったのが、過労自殺した広告最大手・電通の新入社員、高橋まつりさん(享年24)の昨年10月の労災認定だ。安倍晋三首相も「二度と起こってはならない」と言及するなど、9月末に始まった政府の「働き方改革実現会議」の議論にも大きな影響を与えた。

今年3月末に策定された「働き方改革実行計画」には、残業時間の上限規制に加え、正社員と非正社員の待遇格差を見直す「同一労働同一賃金」の導入が盛り込まれた。働き方改革実現推進室の室長代行補を務めた厚労省の岡崎淳一厚生労働審議官は、「両者とも、厚労省だけではとてもこの短期間では実現できなかった」と話す。政府は秋に開かれる臨時国会に働き方改革の関連法案を提出する方針だ。

ただここで注意すべきなのは、実行計画には同時に、すでに国会に提出されている労働時間規制を緩める法案についても「早期成立を図る」と明記されていることだ。同法案の目玉は、専門職で高年収の人を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」と、みなし労働時間に基づき残業代込みの賃金を支払う「裁量労働制」の範囲拡張だ。その対象には法人提案営業などが含まれるなど、拡大解釈による濫用のおそれが指摘されている。長時間労働の抑制を標榜する一方で、その対象外となる範囲を広げ事実上のサービス残業の助長につながるのだとしたら、これほど皮肉な話はない。

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