プレゼンテーションのテキストの中には「とにかく勇気を持って話してみる」といったもの、また文章読本では「とにかく書いてみる」といったことを勧めるものがある。だが、こういう方法論が欠如した実践をいくら積んでも、表現力は強化されない。

筆者は職業作家であるので、表現のプロだ。特に凝った文体で表現するわけではないが、独自の文体があるし、読者が退屈しないような表現をするように努力している。筆者の表現法は、外務省時代に身に付いた。外交官の経験を持つ人はそれほど多くないが、実は外交官は表現に関して徹底した訓練を受ける。それは、意思疎通のほとんどを公電(公務で用いる電報)で行うからだ。この訓練の実態については後で述べる。ここではまず、表現における「型」の重要性について検討する。

教育学者でコミュニケーション論の専門家でもある齋藤孝氏が「型」の重要性についてこう述べている。

〈暗黙知や身体知を共有し、それを明確な形式知にしていくプロセスは、まさに新しい学力が求める実践的な知の在り方である。才能のある人間が直感的にとらえている知を明確に言語化することによって、多くの人が共有できるようにする。あるいは相撲の本質を理解し実践できる横綱の暗黙知を、「型」として共有できるようにすることも、暗黙知を形式知化するプロセスの一種である。例えば相撲の四股がその型であろう。

型を通じて熟練者の暗黙知・身体知が初心者や子どもにも身につけやすくなる。日本のかつての教育の柱であった「型」の教育は、暗黙知や身体知を人から人へと移動させていく効果的な学習プロセスであったといえる。特別な才能を持たない人でも、才能とセンスのある人間が獲得した暗黙知に近づくことができる、これが上手に設定された型のよさである。

つまり型は、一般的な学習プロセスを支える、効果的な教育プログラムであった。例えばそろばんは修練すれば誰でもある程度身につく技術である。読み書きそろばんが江戸時代には基本的な能力とされた。そろばんを型として身につけた人は暗算が速い。そろばんという型の教育が計算能力を身につけさせる王道となっていたのである。〉(齋藤孝『新しい学力』岩波新書、2016年、120~121ページ)

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