「稲は、弱いものなんだ」 

10代の頃、田植えの最中に「育ての父」から言われた言葉である。

当時の私は茨城県新治郡桜村、現在のつくば市で実父と二人暮らしをしていた。ただ、訳あって高校の一つ先輩の家に入り浸り、そこの二男坊のように育てられた。

二男坊として家事を言いつけられることがよくあった。先輩の家は兼業農家だったので、このときは田植えを手伝っていた。すでに機械植えが主流だったが、そこの田んぼの形はいびつだったので、手で植えざるをえなかった。

まだ5月とはいえ、いっさい日陰のない田んぼでは、上から降り注ぐ日光と水面からの照り返しが強く、すぐに玉のような汗が噴き出してくる。腰をかがめたまま、深く入れすぎてもダメ、浅すぎてもダメという微妙な力加減で苗を植えていく作業は、運動部の選手だった私にとっても楽なものではなかった。

楽ではないうえに単調な作業に辟易していた私は、休憩のときに愚痴モードで、育ての父にこんな質問をした。

「ほかの作物は種を直接土に植えるのに、何でコメだけは田植えとか面倒なことをするの?」

育ての父は、無口な人だった。よほどのことがないとしゃべらない。そのときも話しかけている私の顔を見るでもなく、何も聞こえていないのではないかと思うほど無反応だった。あぜ道にあぐらをかいて、田んぼをじっと見ていた。

そして、あぐらをかいたひざとひざの間にある金色のやかんのふたを取って引っくり返し、生ぬるいお茶を注ぎ始めた。そのふたでお茶をグイッと一気に飲み干すと、ポツリポツリとクセの強い茨城弁で話し始めた。

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