木下サーカスは、驚くべき「100年企業」である。浮き沈みの激しいショービジネスで、年間120万~130万の観客動員数をキープしている。娯楽の多様化で世界中のサーカス団が斜陽化する中、その実績は群を抜く。

興行の命綱は収容人員2000人の赤いテントだ。地方都市の1場所で約2カ月半、テントを設営してサーカスショーを行う。テントに隣接したコンテナハウスにアーティスト(演者)やスタッフが住み込み、年間4~5場所を巡る。旅から旅の生活だ。

並行して次の公演地に先乗り隊が入り、地元の新聞社やテレビ局と連携してきめ細かな営業活動を展開する。半年から1年先の公演地は決まっており、地方の衰退など物ともせず、巡業で稼ぐ。

その木下サーカスを率いるのが4代目社長、木下唯志(きのした・ただし)(67)である。

熊本公演のテント前で。アーティストには外国人も多く、現在、8カ国、十数人の外国人アーティストがいる(写真:尾形文繁)

木下家の本拠地、岡山に本社を置き、姉で副社長の嘉子(よしこ)(73)、長男の常務・龍太郎(41)らと経営に当たる。日々、全国を飛び回り、岡山に帰るのは月に一~二度だ。

サーカスに古い哀調を重ねていた私は、木下と関係者を取材し、公演先に足を運んで固定観念を覆された。明るく、能動的で組織立っている。創業115年、一般企業には想像もつかないビジネスモデルが構築されていた。

なぜ、木下サーカスは興行界で生き残っているのか?

木下は、きっぱりと言う。

「われわれの業界では、『一場所(公演地)、二根(根気=営業)、三ネタ(演目)』といいます。この三つを地道に磨き続けてきました。特に場所選び。テントと居住エリアで最低1万平方メートル。駐車場やお客様の並ぶ場所などを含めれば3万平方メートルが必要です。交通の便が悪くてもいけません。そうした広大な空き地を求めて、いつもアンテナを張り巡らせています」

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