平成最後の年を間近に控え、この30年の日本経済を政財界の有識者に振り返ってもらう。第1回はウシオ電機会長の牛尾治朗氏。会社経営の傍ら、数多くの財界活動を行ってきた、政財界のご意見番である。

うしお・じろう●1931年生まれ。東京大学法学部卒業、米国留学などを経て64年にウシオ電機を設立。経済同友会代表幹事、経済財政諮問会議議員などを歴任し財界でも長年活躍。(撮影:今 祥雄)

この30年で印象深い動きといえば、やはり規制緩和と民営化だろう。平成の日本経済は一貫して鉄道、通信、郵政と、官から民へのシフトをやってきた。

民営化前の国鉄の職員なんて、それはもう偉そうだった。1987年にJRになって、サービスは世界に誇れるほどよくなり、流通業や電子マネーなどに進出した。

通信自由化はもっと重要だった。日本電信電話公社の民営化が決まり、通信業にも新規参入できるようになったのだが、当初は誰も腰を上げなかった。もどかしく感じていた私に稲盛(和夫・京セラ名誉顧問)さんから「電気通信をやろうと思う」と声がかかった。何の迷いもなく、「協力する」と答えた。ソニーの盛田昭夫さん、セコムの飯田亮さんがここに加わり、三菱商事の山田敬三郎副会長(当時)にもご協力いただいた。それが第二電電(現・KDDI)の始まりだった。

通信自由化の当初の狙いとしてはせいぜい市外通話を安くしようという程度だったが、本当に技術革新が進んだ。移動体通信なんて当時は自動車電話ぐらい。それが今では完全に固定電話に取って代わった。日本が苦労して成し遂げた通信の規制緩和のおかげだと思っている。極言すれば、今の経済繁栄の7割ぐらいは通信自由化によるものなのではないか。

プラスの視点 アクセスランキング バックナンバー一覧 TOP