過労死対策シンポジウムでは亡くなったNHK記者・佐戸未和さんの母も登壇した(撮影:今井康一)

「どうしてこんなに長時間労働が職場で放置されていたのか」

2013年7月に過労死でNHK記者だった長女(当時31)を亡くした佐戸恵美子さんは、11月8日に東京都内で開かれたシンポジウムで語気を強めて過労死対策の必要性を訴えた。

佐戸未和さんは当時東京・渋谷の首都圏放送センターに勤務。主に都政の取材を担当していた。亡くなる1カ月前には都議会議員選挙、直前には参議院議員選挙の報道にかかわった。参院選の投開票から3日後、うっ血性心不全で死亡した。未和さんの一周忌には同僚の有志が追悼集を制作するなど、誰からも慕われる人柄だった。

未和さん(左)の一周忌には追悼集が制作された(左写真は遺族提供)

制度を見直したNHK

渋谷労働基準監督署が認定した、亡くなる直前である13年6月下旬〜7月下旬の1カ月間の時間外労働(残業)は159時間37分。5月下旬からの1カ月間も146時間57分と長時間労働が続いていた。

労基署は選挙の取材などで「相当の疲労の蓄積、恒常的な睡眠不足の状態であったことが推測される」とし、14年5月に未和さんの死を過労死と認めた。

未和さんの両親は過労死の事実について、NHK内での周知徹底を求めてきた。結局、NHKはこの事実を今年10月4日に公表。NHKによれば確認できる1984年以降、職員が長時間労働による死亡で労災認定されたのは初めてだという。あるNHK職員は「過労死について組織としてはこれまでまったく説明がなかった」と憤る。

NHKでは未和さんの過労死をきっかけとして、組織全体の働き方改革を進めている。今年4月には記者の勤務制度を変更。みなし労働時間制に代わり、従業員の健康確保措置が求められる裁量労働制を導入した。残業や休日出勤が一定時間を超えた場合に産業医との面談を勧めたり、休暇取得を促したりするなどの取り組みを始めた。

未和さんの遺族代理人を務めた川人博弁護士は「メディアの仕事において『公益性』が高いとの理由で過重労働が容認・放置されることはあってはならない」と強調する。

未和さんの過労死が公表された10月、厚生労働省は17年版の「過労死等防止対策白書(過労死白書)」をまとめた。過労死や過労自殺(未遂を含む)として労災認定された件数はこの10年、200前後で推移するが、精神障害(心の病)に起因する割合が増加傾向にある。

また、10年1月〜15年3月の5年間に認定された労災のうち、運輸業・郵便業が脳・心臓疾患の3割に上る。精神障害では、製造業と卸売業・小売業が全体の3割を占めた。

パートタイム労働者を除く一般労働者の年間総実労働時間は2000時間前後で、この20年近く高止まりの状況が続く。週20時間以上残業をする雇用者の割合は16年に7.7%(前年比0.5ポイント減)と減少傾向ではある。だが、働き盛りの30代、40代男性では15%前後と、高い水準のままだ。

過労死等防止対策推進法が施行されてから3年。現在、過労死防止への国の責務を定めた大綱の見直し時期に入っている。厚労省は10月下旬に「過労死等防止対策推進協議会」を開催。過労死で家族を亡くした遺族からは、労働時間を適切に把握する仕組みの制度化など、実効的な取り組みを求める声が相次いだ。

他方、専門家からは過労死の認定基準、いわゆる「過労死ライン」の見直しを求める意見も出た。厚労省は脳・心臓疾患について、「発症前1カ月におおむね100時間、または2〜6カ月間に1カ月平均でおおむね80時間を超える残業をした場合、業務との関連性が強いと評価できる」とする。ただ、実際にはそれよりも短い残業時間でも過労死が起きている。

脳・心臓疾患で16年度に労災を認定された人のうち、残業が月80時間未満は14人(うち死亡9人)。過労死問題に取り組む弁護士の岩城穣委員は「もともとの健康状態や深夜勤務の回数などによっては、80時間未満でも過労死がたくさん起きうる。(過労死ラインを)少なくとも月60時間に引き下げるべきだ」と主張する。

残業上限規制に反発も

政府は今年3月、働き方改革実行計画をまとめ、残業時間に罰則つきの上限を設ける方針を決定。原則として月45時間、年360時間を上限とし、特別の事情があっても、年720時間を超える残業は認めない。かつ、繁忙期の特例措置でも、「単月で100時間未満、2〜6カ月平均でいずれも80時間以内」とする。過労死の認定基準に基づいて定められ、特例措置の適用は年6回を上限とする。

しかし、この上限案に対しては過労死遺族から強い反発の声が上がる。「全国過労死を考える家族の会」の寺西笑子代表は「企業が『月100時間までの残業は容認された』と、とらえかねない。これまで抑制されていた残業が増えるおそれもある」と指摘。さらに、「過労死の認定基準が固定化されるのでは」と懸念を示す。

現行の過労死認定基準は01年に設定されたが、旧基準は亡くなる直前1週間の仕事量が過密だったかどうかに重点が置かれていた。遺族の活動もあり、認定の対象を広げる方向で基準が緩和されてきた。寺西代表は「現行の基準を根拠として残業規制を法制化すると、過労死の認定基準緩和が進まなくなる」と話す。

政府はこの残業上限規制を、国会審議を経たうえで、19年度にも導入する方針だ。どうしたら血の通う対策になるのか。制度を定めるだけでなく、長時間労働の撲滅に向けた各企業の取り組みも求められる。

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