その時、平井は

11月24日午後。折しも米国に出張中だった平井一夫社長のスマートフォンが鳴った。ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(SPE)のサイバー攻撃について、第一報が飛び込んできたのだ。

その日、パソコンを立ち上げたSPE社員が目にしたのは、赤いドクロのイラストと「従わなければ世界中に内部情報を公開する」という脅迫文。ハッカーの要求は明らかにされていなかったが、異常事態であるのは間違いない。

平井社長はすぐさまマイケル・リントンCEOらSPE幹部と直接連絡を取り、情報を共有した。同日のうちに東京のソニー本社でも法務やITセキュリティ、広報などの担当者が集められ、サイバー攻撃の対策チームが発足した。その後2回にわたり、ソニー本社の経営幹部も交えて会議が開催されている。12月上旬にはリントン氏が来日し、米連邦捜査局(FBI)の捜査状況などを本社の経営幹部に報告している。

これらの場では攻撃への対策が講じられると同時に、あるコンセンサスが定められた。すなわち、メディアなどに対する窓口をSPEに一本化するという方針だ。日米のメディア関係者から「雲隠れ」と揶揄されるほど平井社長が公式の場に現れなかった最大の要因は、この決定事項に終始縛られたことだったのだ。

オバマ米大統領が上映中止を批判した12月19日。反テロをめぐる国際問題にまで拡大した事件にどう対峙するのか、ソニーの危機管理能力への注目度が極点にまで達する中、米CNNテレビに登場したのはやはりリントン氏だった。上映中止について「映画館が決めたこと」と突き放し、ネット配信についても「意欲はあるが特に進展はない」と述べるにとどまった。表現の自由をめぐって毅然と闘う企業像を演出し、前々日の公開中止表明へのブーイングを抑え込む絶好の機会だったが、リ ントン氏はどこか受け身のムードだった。

年明けて1月5日。家電見本市の開催を前にした米ラスベガスでの記者会見で、ソニーの平井社長はようやく姿を見せた。「表現の自由はソニーとエンターテインメント業界にとっての生命線だ」。平井社長が公の場に姿を現し、事件について語るのはこれが初めてだった。事件発生から42日が経過。映画はすでに上映・配信され、事態の形勢がすっかり定まった後だった。

浮き彫りになった映画の独立王国ぶり

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