現在飼っている乳牛は40頭。牛舎は嫌なにおいがせず、堆肥が発酵する、いいかおりがする(撮影:梅谷秀司)

「遠野アルプスチーズ」のデビューは、鮮烈だった。

2014年7月、東京・平和島で開かれたバイヤー向け商談会に出品されると、ブースに人が群れ、たちまち人気に火がついた。感度の高い全日空から機内食用のオファーが寄せられるが、「まだ大量にお届けできる状態ではありません」と多田克彦(ただ・かつひこ)(59)は断らざるをえなかった。評判を聞きつけ、全国から名だたるシェフが岩手県遠野市のチーズ工房を訪ねてくる。

原料の牛乳はすべて自家製だ。製法を本場スイスの修道院経由で習得するために多田は自らカトリックに改宗した。人脈作りに5年、語学に堪能な荘司こずえ(55)を日本IBMから引き抜き、アルプスの工房に送り込んで6年。荘司はドイツ、北米にも赴いて製法を学んだ。荘司がほほ笑んで言う。「乳酸菌は生きています。愛着が湧いて、とってもカワイイ。地場の菌と反応して世界で一つだけの味になります」。

この長期熟成チーズは「反骨の農民イノベーター」多田克彦の現在の到達点である。人生の波乱が芳醇なチーズの固まりに凝縮されている。

「1990年代初めの牛肉自由化でサ、200頭の牛の値段が一挙に8分の1に暴落した。億の借金を抱えて、地獄を見たよ。ここで人間は自殺を考えるのかと思った。ンだが試練で会社は強くなる。過去に自由化の荒波をくぐり抜けた産地では、新品種や保存技術が開発されていた。だったら、俺もイノベーションやるべ。原料はある。加工しようと思ったんだ」

しかし生乳の生産調整がさらなる追い討ちをかけてくる。「搾乳の5%を捨てろ」という指令に背き、農協酪農部会を除名される。「個で立とう」と決心し、「多田克彦の牛乳」を産直で売り出した。生産者のマイブランドの嚆矢(こうし)となる。そしてヨーグルト、プリン、ケーキ、ジェラート……と商品を増やし、全国の百貨店やスーパー、地元の「道の駅」に卸して販路を広げた。振り返れば悪戦苦闘の連続であった。

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