国家の統治能力は限界に来た

細谷雄一 慶応義塾大学法学部 教授

ほそや・ゆういち●1971年生まれ。立教大学法学部卒業、英バーミンガム大学大学院国際関係学修士。慶応義塾大学法学博士。(撮影:今井康一)

世界の複数の地域で起こっている分離・独立の問題を読み解く一つのカギが、「統治能力の限界」です。グローバル化が進んだ結果、国家の政策で変えられる領域は非常に限定されるようになりました。

たとえばアベノミクスが成功するかどうかは、米国の株価と中国の景気にかなりの程度左右されていますね。またエボラ出血熱を水際で食い止めようとしても、シエラレオネから直接入国する人を止めることはできても、第三国を経由した人は止められない。このように、ナショナルなレベルがグローバルな問題をどこまで解決できるのかといったら、ほとんどできないのが現実です。

国家の統治能力が下がり、中央政府によるマニプラビリティ(操作可能性)が以前よりも低くなった一方で、非常に矛盾した現象が起きています。それは雇用や景気、生活に対する国民の要求水準が逆に上がっているということです。この二つが衝突すると何が生まれるか。それは中央政府に対する失望です。そしてこの失望はポピュリズムを増長させます。

政策に対して責任がある中央政府はウソをつけないし、過激なことも言えません。ところが責任を負わない野党や少数政党は、ポピュリスティックで実現不可能な公約を掲げます。たとえばスコットランドでは国民党(SNP)が“バラまき”が可能であると主張しました。しかし実際には、そんな財源がどこにあるのか。北海油田をスコットランドが独占すればできると言うのですが、油田から得られる収入はSNPが見積もっているよりはるかに小さいのです。そういう現実には触れずに、きれいな絵だけを描いている。これは日本の民主党もそうでした。

近年世界各地で起こっている一連の分離主義や独立の動きというのは、一つには中央政府の統治能力の限界から生まれた失望に対するオルタナティブ(代替案)であり、またポピュリズムの結果でもあったと私は考えています。

安定の中で多様性を実現する

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