経済学の古典には資本主義社会を知る要素が詰まっている

アダム・スミスの『国富論』、カール・マルクスの『資本論』。経済学で知っておきたい2冊の古典だ。現代のビジネスパーソンはこの大著をどう読むべきか。多くの経済入門書を手掛けてきたジャーナリストの木暮太一氏が解説する。

こぐれ・たいち●経済ジャーナリスト。1977年生まれ。慶応義塾大学卒業後、複数の企業を経て独立。『超入門 資本論』など入門・解説書多数。(撮影:尾形文繁)

スミスといえば「見えざる手」で有名な経済学の父だ。しかし彼の経済思想がどのようなものであったかについて正しく理解している人は驚くほど少ない。

スミスと聞くと、私利私欲の追求をあおり、格差・貧困を放置したと考える人もいる。これがいかに間違った理解かは、彼の経済思想の体系を押さえると、一目瞭然となる。

国富論 1 (岩波文庫 白105-1)
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『国富論』は正確には『諸国民の富の性質と原因の研究』という題で、1776年に刊行された。

当時の英国は国民の約1割が「超」のつくほどの貧困層。圧倒的なモノ不足の中、貧困をなくし幸福に生きる道を探るのが目的だった。

スミスは富(同書では必需品を指す)の生産を増やす要素として分業と資本蓄積を重視した。

投資に回すおカネがたくさんあったほうが生産性を高める機械を数多く購入できるだろうし、原材料の在庫投資の余力も上がる。資本蓄積は、その意味で大事な要素と考えた。

分業が生産性を押し上げる効果はピン生産の例え話がよく知られる。針金を引き伸ばし、切断し、とがらせるという工程を10人で分担すれば1日に何万本ものピンを造れるが、全工程を1人に任せればほんの少ししか製造できない、という話だ。

スミスは、社会で分業が発展するには、第一にモノを自由に交換できる市場の存在が大前提と考えた。

人々が分業を行うのは、今日造った商品が明日には市場で別の商品に交換できると信じているからだ。そうでなければ、細分化された仕事に専念できず、自給自足経済にたちまち戻ってしまうだろう。

こうした考え方に基づいて、スミスは自由市場を擁護した。反対に、独占や政府による規制は経済の自然な流れを歪ませるおそれがあるとして厳しく非難したのだ。

スミスの批判者は、以上の議論の経緯をすっ飛ばして彼が弱肉強食社会を目指したと主張する。しかしスミスが自由競争を奨励したのは、分業促進によって社会全体を豊かにし、結果として貧困をなくすためだった。事実、「どんな社会もその成員の圧倒的大部分が貧しく惨めであるとき、その社会が繁栄し幸福であろうはずはけっしてない」(『国富論』第一編八章)と彼は強調している。

貧困撲滅を訴えたスミスの『国富論』

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