日本を出ていく移住組がいる反面、帰国組もいる。その人々はなぜ戻ってきたのか。理由を知れば、海外移住生活の理想と現実のギャップは縮まるはずだ。

ここでは2人の男性に現地での生活と帰国の理由を語ってもらおう。まずはクアラルンプールから3月に帰国することを決めた起業家のAさん(44)だ。

私が一家でクアラルンプールに移住したのは2013年10月。目的は4人いる子どもたちの教育だった。リタイアした人たち向けの「マレーシア・マイ・セカンドホーム・プログラム(MM2H)」の存在を知り、これならビザが比較的取りやすいだろうと移住を決めた。起業した会社の株売却などで資金はあったから、当面は仕事をしなくても大丈夫だった。

クアラルンプールには日本人が住みやすい場所が4カ所ほどある。多くの駐在員が住んでいるモントキアラ、日本人学校があるスバンジャヤ、開発地区のデサパークシティ、主に単身者が住むブキッビンタン。

最初に借りた家はモントキアラ周辺だが、この家ではとにかく蚊に悩まされた。建物の造りがいいかげんなので、室内にどんどん入ってくる。家族がみなデング熱にかかった。結局、半年ほどでデサパークシティに引っ越した。

デサパークシティは住宅開発が進んでいるニュータウン。イスラム教国のマレーシアでは犬を飼うのが原則NGだが、ここだと外国人も居住していて犬を飼えるので、わざわざ引っ越して来る人がいるくらいだ。

2軒目の家は新築で、しかも子どもたちの遊び場もあったが、スクールバスが来ない地域だった。そのため子どもたちを学校へ送るのに、朝だけで2時間ほど車を運転する羽目に。1日で200キロメートル近く走った。

向こうはとにかく渋滞が激しい。運転も荒いので気が抜けない。自分が家にいないときは妻が代わりに送り迎えをしていたが、2人とも疲れ果ててしまった。

プール付きコンドミニアムなどマレーシアでの生活は優雅に見えるが、裏では苦労がある。富裕層の増加で物価も上昇

マレーシアの生活費は意外と安くない

おカネをかけてドライバーを雇えば楽だったかもしれない。でも、マレーシアの生活費は意外と安くない。「物価は日本の3分の1」といわれているが、この数字は今や幻想。現地ではインフレが進んでいるし、通貨リンギットに対する円安もかなり進んだ。

すべての食事を現地の人が行く屋台で済ませられるならいいが、日系のラーメン店に行くと1杯が1000~1500円、すしなら1人1万2000円~1万5000円くらいする。現地の富裕層が増えてきたので、値段が日本とそう変わらなくなっている。家で食べるとしても、しょうゆやみそなどの調味料は日本の1.5倍から2倍の値段だ。

結局、月々の生活費は家賃と食費がそれぞれ5000リンギット(約16.5万円)くらい必要だった。子どもたちの学費は食費と同じかそれ以上。さらに友人などとの交際費を入れると、月に60万~70万円かかった気がする。生活費に月100万円かけられたら、もっと余裕のある暮らしが送れたとは思う。妻は、よほど疲れたのだろう。「二度と住みたくない」と言っている。

リタイアメントビザだったので、私にとっては仕事ができないこともつらかった。日本に戻ることにしたのは、向こうに骨を埋める覚悟がなかったからともいえる。

日本は教育インフラを含めて、よくできた社会だと思う。いちばん上の娘だけインターナショナルスクールに、下の3人の子どもは日本人学校に入れたが、正直、マレーシアのインター校は教師のレベルが高いとは思わなかった。インター校の教師は英国人で英語の発音がきれいというだけ。生徒からすると、それが「いい先生」とは限らない。日本人は日本の学校教育に悲観的だが、その反動で「インター校礼賛」に走ってはいないだろうか。

次に登場するのは、11年6月から14年6月までバンコクで暮らしたIT企業経営者のBさん(36)。Aさんとは、現地で想像以上にかかった生活費などの点で共通項もあるが、移住先だったタイへの思いは正反対だ。

 

私が移住したのは、以前コンピュータメーカーに勤めていたときの同期がタイにいて、「こちらでウェブ系の会社を起こさないか」と誘われたから。最初は単身でと思ったが、いい機会なので家族で行くことにした。向こうには留学ビザで滞在していた。子どもの留学ビザだと、子1人につき親1人が取れる。資産要件は厳しくなく、タイの銀行に80万バーツ(約290万円)入れておけばよかった。

プラスの視点 アクセスランキング バックナンバー一覧 TOP