Jリーグが開幕する1993年。初代チェアマンの川淵三郎のもとに、1人の起業家が訪ねてきた。金額の書いていない小切手を差し出し、「川淵さんの好きな金額を書いてください」。30代半ばの起業家は、パソコンソフト卸会社の社長でありながら「Jリーグの独占放送権が欲しい」と不思議なことを言う。

じっくり検討する時間的余裕もなく、「すでに他社に決まっているので」と川淵は即座に断った。「他社」とは日本放送協会(NHK)である。年商500億円、営業利益わずか20億円強のベンチャー企業に、生まれて間もない赤子同然のJリーグを託すわけにはいかなかった。

それから四半世紀弱を経て、その起業家が川淵の前に姿を再び現す。名前は孫正義。ソフトバンクグループの創業社長にしてプロ野球球団「福岡ソフトバンクホークス」のオーナー。大型買収を繰り返し、ソフトバンクGは年商8兆円、営業利益1兆円の巨大IT企業に変貌していた。

一方の川淵。Jリーグを地域密着型プロスポーツとして定着させた後、肩書は「日本バスケットボール協会会長」に変わっていた。企業系と地域系の二つに分裂し国際試合への出場停止処分を受けたプロリーグを、川淵は会長就任後わずか1カ月で一つにまとめた。目下の課題は、今秋から始まるプロリーグ「B.LEAGUE」(以下Bリーグ)の金主探しだった。

「川淵さんならイコール『行け』だ」

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