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自動運転機能がついた車を発売した日産 セレナの開発責任者、磯部博樹さん(左)に取材した松岡くんと鈴木さん

転載元
朝日小学生新聞
2017年(平成29年)3月13日(月)

指令自動運転、
どこまでできている?

今回は自動運転機能がついた車を発売した日産を取材しました。
こども編集長
松岡遼
松岡遼(まつおか りょう)くん
東京都・小学5年生
鈴木詩織
鈴木詩織(すずき しおり)さん
静岡県・小学5年生

疲れ知らずで節約も
完全自動はもう少し

高速道路で自動運転機能を使って走りました。

磯部博樹(いそべひろき)さん 次席チーフ・ビークル・エンジニア。1966年生まれの50歳。GTRに魅せられて1990年日産自動車株式会社入社後、開発畑一筋。2013年より現職。

松岡くんと鈴木さんを乗せて高速道路に入った新型セレナ。運転するのはこの車の開発責任者、日産自動車の磯部博樹さんです。ハンドルのスイッチをおし、車の速さを制限速度にセットして、しばらくすると液晶画面に映る車線の色が白から緑色にかわりました。単一車線での自動運転モードの始まりです。

磯部さんはハンドルに軽く手をそえているだけ。ハンドルが自動で細かく左右に動き、カーブに差しかかると大きく回り始めました。アクセルもブレーキも操作していません。

おもわず松岡くんと鈴木さんから「えー!?」「すごい!」と声がもれます。

横風が強い日でしたが、車線の中央からずれずに走ります。しばらくすると前方に、となりの車線から車が車線変更してきました。すると車は自動で速度をゆるめ、車間距離を保ちました。

こんなところにカメラがついてたんだ!

目的地のキャンプ場に無事到着。磯部さんはセレナの自動運転技術を支える「目と頭と手足」を紹介します。目にあたるのはフロントガラスにある小さなカメラ。白線や周囲の車などを認識します。その情報は車の後部にある頭(コンピューター)に送られ、手足にあたるブレーキやかじ取りを動かします。

まずは家族タイプから

松岡くんはどうして自動運転の機能をセレナに付けたのか、聞きました。

「セレナは家族でドライブに使われることが多い車。子ども連れだと、深夜早朝に出かけるわけにいかず、渋滞に巻きこまれがち。まずは日本のお父さんやお母さんを自動運転で楽にしたかった」と話します。余計な加減速を減らし燃料も節約できるといいます。

フロントガラスにある小さなカメラで白線やほかの車を認識します。

事故も減らせるかもしれません。交通事故の9割以上はドライバーに原因があります。カメラやコンピューターの判断能力は人間より上です。

ただ、自動運転の誤作動で事故が起きては大変です。「開発当初は、あやまった認識や予期せぬ動きをしないよう、日本中のほぼすべての自動車専用道路を走り、プログラムを修正していきました」

カメラで前方車や白線をとらえ、アクセルやブレーキといった駆動系を自動制御する
提供:日産自動車

車内で見られる画面。前方車を認識している様子がわかる
提供:日産自動車

今後の課題を鈴木さんがたずねると、「まだ車にすべてまかせっきりにできないことです」と磯部さん。将来、自動運転車があたり前の社会になるんでしょうか?と聞く松岡くんには、「そうなっているでしょうね」。日産は18年には高速道路で車線変更しながらの自動運転を実現し、20年にはより複雑な街中の交差点も走れる自動運転車を売り出す計画だといいます。

車におまかせの「完全自動運転」も実験ではかなりできているそうです。でも市販にはもう少し時間がかかりそう。「実際に売るには、100点満点じゃないとだめですからね」

(構成・今井尚)

Q 完全自動運転が広まったら免許はどうなりますか?

いまのままでは免許はいりますね。国が決めることですが、将来、体が不自由で免許を持たない人でも、スイッチ一つで病院まで行けるようになったらいいですね。

取材をしてみて

ハンズフリードアが楽に開いたのでおどろきました。自動運転車は快適で、社会を変える気がしました。

実際に自動運転をしている車に乗れて楽しかったです。将来の夢は俳優だけど、自動運転車も運転してみたい。

山川清弘編集長の目業界の2大テーマのひとつ

自動運転は、自動車会社だけでなくIT企業も研究する注目の技術です。

日産自動車のセレナは高速道路の単一車線での自動運転技術。自動で対応できないほどのカーブでは早めに運転手に伝えるなど、気配りもつめこんでいます。

日産にはスポーツ車のスカイラインGT―RやフェアレディZにあこがれて入社した人も多いそうです。1990年代に経営が危なくなり、フランスのルノーに支援を求めました。カルロス・ゴーン社長がむだをはぶき、車種も見直しました。それでもGT―RとZは復活させ、社内のやる気が上がったそうです。

16年度中間決算は北米で安売り費用がかさみ、7年ぶりに収入と利益が減少。買収した三菱自動車の再建も課題です。

米国のトランプ大統領が日本の自動車会社を批判しています。日本の自動車会社は現地で多くの人をやとっていますが、どこまで通用するか分かりません。自動運転と新たな貿易摩擦。自動車業界の2大テーマと言えそうです。

週刊東洋経済プラス編集長 山川清弘

日産自動車株式会社
〒220-8686
神奈川県横浜市西区高島一丁目1番1号
TEL:045-523-5523
HP:http://www.nissan.co.jp/

50周年記念企画 「未来を見に行こう」

子ども向け全国紙、朝日小学生新聞の創刊50周年記念企画。「最新の事象がコンパクトにわかりやすくまとまっている」と、経営者やビジネスマンの間でも密かに支持されている『朝小』と「週刊東洋経済プラス」が「未来を見に行こう:現場編」としてコラボレーション。未来の技術をテーマに、子ども記者と『プラス』編集長山川の異色タッグが企業に共同取材します。『朝小』紙面で月1回程度連載、『プラス』でも転載記事が公開されます。

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自動運転

自動車メーカーとIT企業の連携が加速

交通事故の削減や渋滞の緩和、高齢者の移動支援などを目指す。高速道路の単一車線で前車を自動追従したり、一定速度で走行する技術は実用化された。人間に代わり認知・判断・操作をシステムが行うため人工知能がカギを握る。IT企業の参入が増え、自動車メーカーとの戦略提携も活発だ。完全自動運転までの間は、運転手に居眠りなど不注意運転をさせないよう監視する技術も求められる。

「週刊東洋経済」の歴史から

期待の新興成長企業だった日産自動車

昭和10年(1935年6月29日号)

日産自動車の初登場は1935年6月29日号。「順調に進む日産自動車」と銘打った1ページ半の記事。快進社自動車工場が源流のダット自動車製造を戸畑鋳物が傘下に収め、日本産業と出資して33年に設立されたのが自動車製造で、34年に日産自動車に社名変更した。ダットサンの名で乗用車を製造した。鮎川義介社長(当時)へのインタビュー囲み「ダットサンの形が悪いわけ」の臨場感が出色。鮎川氏は日産コンツェルン創始者で、誌面は当時傘下にあった日立製作所、日本食料工業など各社を網羅した「膨張日産の検討」という計24ページの大特集だ。

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