10年前の2006年1月16日、東京地検特捜部と証券取引等監視委員会が六本木ヒルズにあったライブドア本社を家宅捜索しました。容疑は証券取引法違反(偽計取引、風説の流布)です。堀江社長ら役員も逮捕されました。株式市場は急落、「ライブドアショック」となりました。今回はライブドアの軌跡を振り返ります。

ベンチャーの旗手が逮捕されるまで

株式市場や法制の不備も明らかに

2000年に上場したライブドア(当時の社名はオン・ザ・エッジ)が広く世間の注目を浴びたのは04年。近鉄バッファローズ(現オリックス・バッファローズ)買収に名乗りを上げてから。球団獲得はなりませんでしたが、05年にはニッポン放送株を取得

当時ニッポン放送はフジテレビジョンの筆頭株主(22.5%保有)だったため、インターネットベンチャーが放送局を乗っ取るのではないかと注目されました。10年前は「放送とネットの融合」は夢物語でした。現在でもそれぞれの業界で働く人々のキャラクターは対照的ですが、動画配信を通じて両者は急接近しており、隔世の感があります。

ライブドアのM&Aは、放送業界だけでなく株式市場にも波紋を呼びます。株式大量保有報告義務、転換社債型新株発行引受権付社債の発行、商法や放送法に制度疲労や取引慣行の「抜け道」が潜んでいることが明らかになったからです。

小が大を飲む梃活用(レバレッジド)経営で急膨張したライブドアですが、当局のメスが入りその錬金術は突然の破局を迎えます。経営中枢が根こそぎ逮捕され、『週刊東洋経済』はすぐに第1特集で「堀江式錬金術の全手口」に迫りました。

(週刊東洋経済プラス編集長 山川清弘) (週刊東洋経済プラス編集長 山川清弘)