金融危機と言えば、リーマンショック後のグローバルな銀行・証券危機が思い浮かぶ方のほうが多くなっているかもしれません。もっとも40代以降の方であれば、1990年代後半の日本の証券・銀行破綻の時代を思い出されるのではないでしょうか。今回は1997年、当時4大証券の一角だった山一証券が不正疑惑から自主廃業に至るまでの足跡を追います。

損失補填で追い詰められ、山一証券が自主廃業

4大証券の一つが消滅、国内最大の金融危機

バブル崩壊後の株価下落で経営が圧迫されていた証券各社は、株式委託手数料自由化を前に、同業によるグループ化や銀行系列での合従連衡が観測されていました。

そんな中で、4大証券の一角を占める山一証券が改正証券取引法で禁じられた損失補填を行っていた疑惑が飛び出します(97年4月26日・5月3日合併号)。

さらに8月には総会屋に対する利益供与事件も飛び火し、役員11人が辞任します。そして11月24日、テレビ報道などでご記憶の方も多いでしょう、野澤正平社長(当時)の「社員は悪くありません」の号泣会見で自主廃業に至ります。『週刊東洋経済』97年12月6日号では特集「山一証券 崩壊」として株式・為替・金利などマーケットへの影響をリポートしました。

なお、10月19日(水)21時からのNHK BSプレミアム「アナザーストーリーズ」にて、今回取り上げた記事の一部が紹介されます。

(週刊東洋経済プラス編集長 山川清弘) (週刊東洋経済プラス編集長 山川清弘)