ニーチェの超訳も勝間和代ブームも仕掛けたヒットメーカー。書店との直取引とエッジの立った企画で、出版不況なぞどこ吹く風だ。

ビジネス書が強い出版社といえば、日本経済新聞出版社や日経BP社、ダイヤモンド社、そして東洋経済新報社あたりだろうか。ところが近年、この分野で足場を固め、着実に読者の支持を増やしている出版社がある。干場弓子(ほしば・ゆみこ)社長率いるディスカヴァー・トゥエンティワンである。社員50人ほどの中堅出版社だ。

直近では三谷宏治著『ビジネスモデル全史』と『経営戦略全史』が、『ハーバード・ビジネス・レビュー』(日本版)の読者が選ぶベスト経営書ランキングで2013年、14年と続けて1位を獲得し老舗の編集者たちをうならせた。

出版不況といわれる中で、ディスカヴァーは、「今までなかった」と読者に言わしめる個性的な切り口の書籍を世に送り出し、異彩を放っている。もしかすると50代以上の読者には認知度が低いかもしれない。

しかし経済評論家の勝間和代を発掘してカツマーと呼ばれるファンを生み出し、『超訳 ニーチェの言葉』シリーズでは累計134万部の大ヒットを飛ばした出版社であると聞けば、「ああ、あの」と心当たりのある人も多いだろう。

干場は愛知県立旭丘高校を卒業後、お茶の水女子大学に進学。『家庭画報』などの雑誌編集を経て、1985年にディスカヴァーを、コンサルタントをしていた伊藤守(現コーチ・エィ会長)とともに設立した。

「当時の私にはロールモデルなんてありませんでした。教師を辞めて専業主婦になった母のようにはなりたくない、と思っていたわね。その頃、女性が一生働ける職業なんて、文教育学部卒業の私には教師か編集者ぐらいしかなかったんですよ」

女性誌編集部にいた頃から、「服やおしゃれは大好き」。この日はダナ・キャランのジャケット(撮影:尾形文繁)

1月の取材時、干場はきゃしゃな体に「ダナ・キャラン」の紺のジャケットを羽織って現れた。襟の仕立てが美しい。服が好きで、我慢せずに買える立場になるのが夢だったと笑う。

干場は米国の歌手マドンナより3歳上、山口百恵より4歳上だ。山口百恵が人気の絶頂期に一切の仕事を辞めて家庭に入り伝説となった一方で、米国からは、女性としての美しさと強さを謳歌するカルチャーが入ってきた。当時は、もっと自分らしく生きていい、もっと富を増やし、人生を謳歌してもいい、という価値観が流入する一方で、仕事を辞めて家族に尽くす生き方が理想とされていた。

選択の幅が広がったように見えて、女性たちはどんな人生を選択しても、何か損をしているような気持ちになったに違いない。しかし、干場は自分の才覚によって、ほかの女性たちが欲しがるものすべてを手に入れようと決めた。

「女性は一般職で働いて適齢期になれば寿退社するのが一般的だったし、仕事を一生続けていこうという人はウーマンリブと呼ばれ、結婚はせず子どもも作らないのが普通でした。でも、私は人と同じ人生を送るのは若い頃から嫌だったんですよ。結婚したら仕事を辞める人が多かったけれど、私は一生続けようと思った。子どもを持たない共稼ぎがDINKSと呼ばれてはやっていれば、私は子どもを持とうと思ったの。夫とは早くに結婚したけど、子どもは遅くに生んだんです」

1冊の雑誌を編むように統一されたイメージ

どんな会場にいても、ぱっと目を引く華やかさを持った人だが、代表取締役会長(ちなみに干場に代表権はない)で30年間付き合いのある伊藤の第一印象は違ったという。

「彼女は僕のコミュニケーションセミナーの受講生だった。あの頃は決して目立つような感じではなかったね。あれほど気が強いとは思っていませんでしたし。転職したいと言っていたから、『社長をやりますか?』と言ったら、『はい』と。今カリスマ性があるとすれば、地位が彼女をそうさせたのでしょう。もちろん主役を演じるだけの素養があったんでしょうけどね」。伊藤はコーチング企業の経営に忙しく、ディスカヴァーの経営は完全に干場に委ねられている。

朝、干場が出勤すると、ディスカヴァーの社員全員が一斉に立ち上がって「おはようございます」とあいさつする。「どこかの会社に行ったとき、立ち上がってあいさつされるのが気持ちよかったから、私もまねしようと思って」。

ディスカヴァーは自己啓発書、ビジネス書、実用書など、さまざまな分野の本を出しているが、タイトルのつけ方、ロゴの雰囲気など「いかにもディスカヴァーらしい」といわれる統一されたブランドイメージを持っているのが、大きな特色となっている。

「私たちのような規模の出版社では、あたかも1冊の雑誌を編むように、すべての分野の書籍に統一されたイメージがあるべきだ」というのが持論である。

週に1度の編集会議には必ず出席し、タイトル、コピー、表紙のデザインをチェックする。干場自身が考えた企画も多い。「表紙デザインやタイトルのセンスばかりは数値化することができないから、そこは『独裁力』を振るわざるをえないのよ」と干場は語る。つまりこの出版社は干場その人を色濃く反映しているといってもいいだろう。

では干場の個性的な出版戦略はどのようにして生まれてくるのだろう。この点について彼女はディスカヴァーの存在意義をこう語る。

「美しい言葉で表現するなら、人の眠っている価値、新しい価値基準を提案するというのが、この会社のあり方です。伊藤と会社を立ち上げたとき、『社名はディスカヴァー・トゥエンティワンだ。新しい世紀を拓くんだ』と盛り上がった。私たちが正しいと思っている今の価値観なんて、ほんの数十年前に始まったにすぎない。20世紀の価値観がこのまま続くはずがないと思っていました。出世だって、成功だって、学歴だって、地球上の人全員が享受するなんて、無理に決まっている。その中で幸福の基準が変わるんじゃないか、ならば多様な価値観を発信していきたいね、というのが設立の趣旨です」

常識という覆いを外すと、新しい価値観を発見できる。それが「ディスカヴァー」の由来だ。新しい視点を提供することによってイノベーションが起こると干場は考えている。

疑問点があればすぐに社員を呼んで話を聞く。社長室の執務席で(撮影:尾形文繁)

はやりものを追いかけるな。エッジがあるものを

斬新な企画を打ち出すためには、今売れている本を分析するようではダメだと、干場は社員に喝を入れる。

「はやっているものを追いかけたら時代の後追いになっちゃうでしょ? 営業は目利きであることが必要で、書店の意見を参考にするだけじゃダメなんです。編集者も、すぐにみんなで話し合おうとする。でも、それじゃエッジが取れて、とがった企画にならない。過去の積み上げ式では新しい発想は何も生まれません。ある程度他人の意見を聴いた後は、『これはいける』と思ったら誰かが強引に押し通さないと。たいてい営業が『売れません』って言ったものがビッグヒットにつながりますね。でもこればかりは難しい。本当に彼らの言うとおり、当たらないのもたくさんあるんですよ」

ディスカヴァーは出版社そのものに熱心なリピーターがついていることでも有名だ。そのファンが新しい試みを支えている。

もともとこの会社は、伊藤が米国から持ち込んだストレスマネジメントの方法を基に教材を開発し、販売するところからスタートを切った。初めての書籍はCDサイズで作った伊藤の『あなたならどうする100の?』(1990年)だった。

経済成長で人々は豊かになり、基本的な物欲は満たされて、この国は「心」の時代に突入していた。確固とした価値観のない中で、多くの人が生きる意味を模索していたのである。そこに当時日本では珍しかった「セルフヘルプ本」として、ディスカヴァーの本ははまった。ディスカヴァーは主に女性向けの自己啓発書から歩みを始めた。

干場は、「失恋の一言集を作ろうと思って、読者カードでアンケートしたら、5000通も回答があった」と回想する。90年代前半のことだ。どれほど熱心なファンがついていたかがわかるだろう。ネットのない時代、女性たちは書籍の中に自己肯定感を求めた。干場は書籍を展開していく中で、男性優位の社会で生きる女性たちをこう鼓舞した。「仕事も、恋愛も、お洒落(しゃれ)も」。

女性たちはディスカヴァーの本になぐさめられて現実社会を生き、また壁に突き当たると、ディスカヴァーの本に立ち返った。この頃、多くの女性がディスカヴァーの書物に助けられた。この循環は、現在のディスカヴァーのビジネス書、自己啓発書の流れに連なっている。人の欲望と挫折のサイクルは形を変えて続いているのだ。

読者は、まねできないような立身出世伝でも難しい経営書でもない、「自分もやればできる」という自己肯定感を引き出してくれるビジネス書、自己啓発書に心を奪われた。どれもせんじ詰めれば人の願望を満たす本である。あまたあるビジネス書や自己啓発書の中で何が選ばれるかは、決して読者が表立って語ることのない潜在的な欲求を、作り手がどれだけ理解し、すくい上げているかによるのではないだろうか。

約20年にわたりディスカヴァーの愛読者だという会社員の筒井智子は、干場の編集をこう評価する。

「著者は専門用語を使って専門的な話をしがち。それをすぐに使えるところまで咀嚼(そしゃく)して読者に提示できるというのがすごい」

読者にとことん寄り添う編集は難しい。たとえば『超訳 ニーチェの言葉』は、意訳が行きすぎてニーチェの思想とは似て非なるものだという批判もされている。これに対して取締役出版部長の藤田浩芳はこう述べる。「それは権威主義的というか、僕なんかは、ただのひがみなんじゃないか、と思っています。それで伝えられるものを自分が出せないだけじゃないかと」。

干場も意に介していない。「ニーチェの言葉をそのまま翻訳したら、ただの解説にしかならないでしょ?もっと心に響いてパッと視点が変わるもの、『あ、人間ってそういうものだ!』と思うものを読者は読みたいんですよ」。

干場の編集によって「化けた」著者がいる。旧東京銀行出身で経営コンサルタントである小宮一慶だ。

「ディスカヴァーで最初に出した本はあまり売れなかった。でも干場さんは『リベンジしましょう』と。彼女は優秀な編集者ですが、優秀なビジネスマンでもあるんですね。『あなたの本はちっとも面白くないけど、話はすごく面白い』と言うんですよ。『この人、厳しいこと言うな』と思いましたが、それならやってもらいましょう、となった」

そこで干場の完全プロデュースで『「発見力」養成講座』(07年)を出すと、これが21万部、その後、既刊を編集し直して『「社長力」養成講座』(09年)というタイトルで売り出したら、これは16万部とヒットした。

干場が書籍に求めているのはオリジナリティだと小宮は語る。「多くの編集者はブームだからとか、前著と同じようなものをという発想が多い。ところが干場さんはチャレンジャーなんですね。僕が思うに、ミリオンセラーっていうのは、今までの本の延長線上にはないんですよ。ミリオンセラーを出す編集者は、新しい主題を自分で持ってくるか、著者が持っているのに本人が気づいていないものを引き出してくれる人。干場さんはそれだと思います」

一般的に編集者になる人は、もともと文章を読む能力が高い。しかし、これが最大の欠点となると小宮は指摘する。「読者の目にならなきゃダメなんだよね。干場さんは読者の目になって文章を読んでくれる。そんな人はなかなかいませんよ」。

年末恒例の自社パーティで。紀伊国屋書店の高井昌史社長と懇談(撮影:尾形文繁)

取次を通さない 直取引で書店に食い込む

だが、どんなに目新しい本を出そうとも、大抵の本は埋もれてしまう。なにしろ新刊書籍は年間約7万点、日に約200点も生まれている。その中でどうやってヒットを仕掛けるのだろう。

この取材中に何度も聞こえてきたのは、この会社の営業力の強さだ。ディスカヴァーは直取引の形態を取っている。書籍の問屋である取次を通さないで書店に直接売るのである。現在、取次を介した流通は実に9割を占める。直取引で目立つのはディスカヴァーと、絵本や実用書などの永岡書店、人文書を中心に扱うミシマ社など数えるほどだ。

干場は直取引を始めたいきさつについてこう語る。

「よく始めたねって言われるけど、出版流通にコネもないから直取引から始めるしかなかったんですよ。小さな取次にお願いしたこともあったけど倒産してしまって。すっかり懲りて自分たちで売ろうと決めたんです。システム開発には随分おカネがかかるし、手間もかかる。でも、やろうと決めたら覚悟が決まった。今はよかったと思います。大事なのは営業なんです。編集者なんて放っておいても勝手にやるでしょ? でも営業は採用の段階から優秀な大学の出身者を採っているし、モチベーションを高めるためにあらゆることをやっている」

(撮影:尾形文繁)

24年間営業の要を担ってきた取締役営業部長、小田孝文は、入社当初1軒ずつ書店回りをして販路を広げた。90年に発売したCDサイズの本は「棚に置けない」「こんな字数の少ない本は本じゃない」と拒否反応もあった。

「でも、置いてもらうと確実に売れたんです。それがうわさになって、だんだん置いてもらえるようになった。地方も地道に回りました。路線バスに乗って、『本』って看板を見つけると、そこで降りて突撃するわけですよ」。小田は1年365日のうち300日は出張でホテルに泊まっていたという。「日本全国で乗っていない路線はない」と当時の猛烈な働きぶりを振り返る。

「干場はすごく厳しい環境に僕らを置く。どんなことがあっても高い目標を掲げさせ、そこへ向かえと言うんです。干場自身がそうですから僕らはついていかなければならない。まるで子どもをしかるように僕もよく怒られるんですけど、それは愛情なんですね。干場の愛情は読者に向かっていて、その思いが至る所に反映している。いちばん好きなところは、そこですね」

独自の嗅覚と売り切る力。挑戦は続く

書店での展開も徹底的だ。『「社長力」養成講座』では、東京駅内の書店で棚と平積みで300冊を一気に並べ、読者の度肝を抜いた。JRの主要駅に出店するこのチェーン店だけで4800冊を売り上げた。ディスカヴァーは直取引のため、売れそうな書店に思い切った配本ができる。

小宮は売るための努力を惜しまないことにも舌を巻く。「干場さんのところは、一気に攻勢をかけるときは帯やカバーを替えることがあるそうです。時期を逃さない」。

小田は直取引の利点をこう述べる。「書店に行くと、取次の不満をよく聞きます。『ほしい本をなかなか送ってきてくれない』と。取次は配本をコントロールするので、中小の書店は欲しいものを注文しても届かないというんですね。私どもは書店の要望にできるだけ沿うことができる」。

一方で、書店にとって直取引は経理処理や返品作業が取次とは別建てになる。そのため事務が煩雑となり、それが負担になるのも確かだ。出版社がヒット作を出し続けてくれるかぎり、その負担は十分に許容できるものだろう。しかし、取次によって販路を確保できる他社と異なり、この出版不況の中で、ディスカヴァーはヒット作を出し続けなければ棚を失うというリスクを負っている。

干場に次はどんな本が当たるかと尋ねたところ、「何が当たるかはわからないわね。それがわかれば苦労はしませんよ」と笑った。干場ほどのヒットメーカーであっても先は見えないのだ。今後の出版界についても厳しい見通しを持っている。

「客観的にいえば読書人口に比べて書籍も書店も多すぎる。旧来の読者層だけを相手にしていれば、人口は減るんだし淘汰は避けられない。新しい試みが必要となるでしょうね。書籍も読み応えのあるものと、今まで本を読まなかった層に訴えるものに二極化するんじゃないでしょうか。どんなテーマであっても、これからの社会が少しでもいいものになるような本を出したいですね」

ディスカヴァーは現在、主にアジアを中心とした海外に自社の翻訳本を展開しようとし、また小説部門も立ち上げて次の時代に備えている。

新しいことに挑み続けるのがディスカヴァーの設立以来の宿命である。時代のにおいをかぎ分ける天性の能力で、干場は時代をどう「拓く」のか。今後の動向に注目したい。

=敬称略=